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石田明生

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『聖女ジュヌヴィエーヴとメダル』(2)
◇ 抵抗の町(1)

 「どうだった ?」十人隊の隊長カルカスが家に入ると、一緒にいた、というより暖炉の周りにうずくまっていた四人が声をそろえて尋ねました。
 隊長はすぐに答えませんでした。二月の刺すような北風が吹きさらしだった通りからやって来ると、この天井の低い部屋の空気が彼には心地よい温さに感じられました。木屑を貧乏たらしく少しくべただけの火は暖房と言うには程遠かったにも関わらずです。火は徐々に暗くなりましたが、それでも闇夜の中でただひとつ灯りの役割はしていました。
 その晩、隣組の三人は助祭のシモンの家に集まっていました。その粗末な家は、ユピテル・ナウティクス神殿の跡地に建立された聖母マリアの教会堂と、聖堂付き司祭のテオドール師の重々しい家との間に隠れています。その場にはもう一人、すでに三十路ではありましたが美しい未婚の娘ジュヌヴィエーヴがいました。このシモンの姪は、父が森で不慮の事故で亡くなった後、親戚の家に身を寄せていたのです。彼女は、わずかなながら父の遺産を売却したので、叔父の助祭に全面的に頼ることなく生活することができました。叔父が受け取る、教会堂の維持管理や典礼指導の報酬はたかが知れておりました。
 ジュヌヴィエーヴは、持参金はないしつまらない木こりの出にもかかわらず、何人もの資産家の子弟から結婚の申し込みをされました。人伝では、美男子で若い富裕なあるローマの騎士が彼女に夢中になったそうです。ある晩、彼は、助祭シモンの家の戸口で、彼女に結婚したい旨宣言しました。


 ジュヌヴィエーヴにもためらいがあったのでしょう。恋する男の高貴で精力的な面立ちを長い間じっと見つめた後、次のように答えたそうです。
 「私は誓いを立てました。貧しくつましい娘のままでいよう、十字が刻まれた銅のメダル以外のいかなる装飾品をも身につけまい、そう決めたのです。お分かりでしょう、私は妻dominaになることはできません、あなたが私を引き上げようとしている地位につくことはできません」
 「あなたは僕を絶望の淵に追いやるのですね」美しい騎士はこう言ったそうです。
 「私も胸のふさがる思いです」
 「ずっとずっとあなたのことを想い続けるでしょう」
 「死ぬまであなたのために祈ります」
 どうやらこれが、隣近所の女たちが助祭の姪のために作り上げた清純な物語だそうです。 
さて、カルカスが到着した時も、ほかの晩と同様、ジュヌヴィエーヴは少し離れた真っ暗な片隅で椅子に腰掛けていました。祈りに没頭していたので、彼女は叔父や隣人たちがあげた声に唱和することはありませんでした。彼らが次のように質問を繰り返した時にもです。「どうだったのだ ?」
 兵隊は火に近づくと、ベンチに席が設けられました。
 「悪い知らせだ」腹を決めて彼は言いました。
 沈黙がさらに重くのしかかりました。皆はめいめい己のことを考えながら、来たばかりの男の表情を読み取ろうと必死でした。が、先ほど申したように部屋は薄暗がりの中に沈んでいたし、カルカスの険悪な顔立ちに何もはっきりしたものはなかったので、この観察からはほとんど得るものはありませんでした。
 確かに、この男は、得意になって名乗れれば名乗りたがるあの美しいレギオン連隊の兵士ではありませんでした。隊長は、ローマ軍に兵籍登録したギリシャ人です。戦士ですらありませんでした。彼は、アエティウス総督の傍で経理係の職務を勤めていました。町の有力者たちからみじめな扱いをされていたので、彼は質素な人たちの家に出入りをしていました。助祭とは公共の問題のためにつながり、助祭の方は、彼がいることを願っているというより、我慢していました。
 とはいえ今日は、武器を手にするあらゆる人たちや、とりわけ司令部あたりで、町を覆う恐怖について何か知り得る人たちの周りに人々は群がっていました。
 「偵察に行った騎兵たちは戻って来たのか ?」シモンが尋ねました。
 町中がその偵察のことで持ちきりだったのです。
 「戻って来た」カルカスは言いました。「彼らは、セーヌ川上流で遊牧民たちが前進しているのを見た。往還だろうと小道だろうと、虐殺を逃れて逃げる人たちでいっぱいだったそうだ」
 「彼らに尋ねたのだな ?」
 「そうだ」
 「なんと言っている ?」
 「アッティラの馬が足を踏み入れるところには、草さえももう生えないそうだ」
 「天罰だ !」十字を切りながら、シモンは叫びました。
 「そう言えるかもしれん」カルカスは続けました。「奴らは、燃えるあらゆるものを燃やし、森、村、町、破壊できるものすべてを破壊する。教会だろうと慰霊碑だろうと構いはしない。また奴らは殺せるものはすべて殺す。男も女も子供も、誰彼構わず喉を掻っ切るのだ。子供に対しては、奴らはまず刀で手を切り落として、哀れ子供達が倒れるまで、乗り馬の前を走らせる。そこで奴らはその遺体を槍の先で拾って、ボールのように投げるのだ。動物どもは、生きたまま解体し、ナマ肉のままか、蔵の下において柔らかくしてから食らう。と言うのも、奴らは、食べる時も飲むときも馬から降りないからだ」
 「惨たらしいことだ」一人がため息をもらしました。
 「アエティウス総督はどうするつもりだろうか ?」シモンは尋ねました。
ギリシャ人はわからないという仕草をしましたが、周りからはそう見えたと言うより気配を感じただけでした。
 「今まさに議論の真っ最中だ。意見は割れている。が、門を開き、アッティラの慈悲にすがろうという風に傾いている。抵抗しなければ、身代金だけで済むかもしれない」
 「もし、それで済まなかったらどうするのですか?」
 この発言は、ジュヌヴィエーヴによって発せられたのでした。彼女は暗闇の椅子に座ったままでいたのでした。五人は、その断固とした口調から、いつも控えめでおずおずしていた娘の発言だとはにわかに知れませんでした。
 「それで済まなかったら」奇妙な作り笑いをしながら、カルカスは言いました。「神様のご加護にお任せせねばならんだろうな」
 「神様は、まずは自身を守ろうとするものしか守ってくださいません」
 「だが、どうやって ? ローマ軍は分散しているし、フランク王のメロヴェはひどく遠くにいるので我々を助けに来れない。ヴィジゴット族テオドリック王は自分たちを守るだけで精一杯だろう。城壁を強化するローマのレギオン部隊もないではないか」
 「私どもには武器があります」再度ジュヌヴィーヴが言いました。
 「でも、誰がそれで武装するのだ ? 武器を持てば良いと言うのでないぞ。使えなくてはならんのだ。フン族どもは雲霞の如きで、明日にでもパリに迫ろうとしている。いいや・・・」カルカスは付け加えました。もし、彼の顔色が見えたなら、いつもより緑がかっているのに気づいたでしょう。「降伏以外に選択肢はない。その上、これは斥候と一緒に戻って来たある旅人の意見でもあるのだ」
 「その旅人とは ?」シモンが尋ねました。
 「ブレダと名乗っている。会議の連中が彼の話をじっくり聞いたところによると、自分を殺そうとして追って来るフン族の群れから、彼は奇跡的に何度か逃れたそうだ。どんなわずかな抵抗もアッティラを激昂させるだけだし、おまけに奴の軍は無敵なのだそうだ」
 こう言うと、カルカスは家の主人に暇乞いをし、退出しましたが、まるで保護を求めているかのように他の三人も彼の後について行きました。と言うのも、すでに町の通りは暗く、野蛮人どもがうじゃうじゃいるように思えたからでした。
 姪と二人だけになると、助祭のシモンは深いため息をつきました。
 「私どもは神様の手の内にある」寝室に戻りながら、彼は言いました。「今晩が現世にあって最後の夜かどうか誰にわかろうか ?」
 十字が刻まれた銅製の小さなメダルに、ジュヌヴィエーヴは朝まで祈りました。
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翻訳 | 07:37:16 | Trackback(0) | Comments(0)
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