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石田明生

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聖女ジュヌヴィエーヴのメダル(4)
抵抗の町(3)

 彼女は台座の足元で立ち止まり、話しました。耳をそばだてた聴衆の真ん中で話しました。最初総督の方を向き、それから徐々に群衆の方に向き直りました。
 「閣下」彼女は言いました。「あなたの言葉は主人の言葉でも、大都市の司令官の言葉でもありません。あなたはこの町を、神様の法も人の法も踏みにじり、女や子供を虐殺する異教徒に、防御しようともせず、譲ろうとお考えか。ローマ軍の指揮者たるあなたが。分別も経験もおありになるあなたが、どうして残酷な野蛮人どもは降伏すれば武装を解くと想像できるのですか ? いつから、狼は子羊を襲わなくなったのですか。子羊が犬のように鋭い牙を見せないからですか?」
 最初はおずおずと、それからだんだん高まる「そうだ、そうだ !」の声が群衆の中を伝播していきました。ジュヌヴィエーヴの声は以前よりも強くなり、口調はよりはっきりし出しました。目に見えないある存在によって、言葉が彼女に吹き込まれているようでした。
 「あなたは言いました。疲れ切った男達ばかりで編成された出来損ないのレギオンしかないと。でも、あなたのレギオン兵達は、臆病者扱いされるという侮辱に甘んじるでしょうか ? いつからローマ人達は、数で優勢な敵を前にすると武器を捨てるようになったのでしょうか。この人たちが・・・彼女はパリ中の群衆を指さしました・・・自分たちの家庭や妻子を守るためだとしても、戦いを拒むとお思いですか ? あなたの宮殿に武器があります。それをみんなに配りなさい。この穏やかな市民達が、町の敵を前にしたら大胆極まりない兵士になることをあなたは見ることでしょう !」


 「戦うぞ ! 戦うぞ」十の声、ついで百の声、ついで千の声が、ついには集まった男達全員の声が叫びました。
 「閣下」ジュヌヴィエーヴは続けました。「閣下はお忘れでしょうか。鷲の旗と並んで、あなたの兵士達が十字架を、コンスタンチヌス大帝のラバルムを掲げていることを ? それなら、閣下は我々のために戦ってくださる神様を無視していることになりましょう。」
 アエティウスは、微動だにせず、腕を十字に組んだまま、こうして男として話す女の声に耳を傾けていました。彼の顔から伺えるどっちつかずの表情に変化が起きました。そこには最初驚愕が、ついで決然さがうかがえました。
 「閣下に助言をしたもの達は、臆病者か、それより悪いことに裏切り者です。彼らの言葉は、恐怖か欲得づくかで述べられたものです。
 「裏切り者に死を !」今や民衆はブレダがいた方向に向けて拳を突き上げ叫んでいます。いたと言いましたたが、そこにはもう異国人はいませんでした。見渡して探しても無駄でした。彼は、皆の注意が自分に向けられていないのを幸いに、姿を隠してしまったのです。何人かの若者が彼を追跡するべく差し向けられましたが、どこにも彼の姿を見出せませんでした。後に、東門の番兵達が、小さな黒馬に乗った男が町から出て行くのを見たと証言しました。その男は、城壁を飛び越え、早駆けでヴァンセンヌ方面に向かったとのことです。
 今やジュヌヴィエーヴは聴衆の熱気の渦のさなかで話をしていました。
 「城門を開けるどころか、大急ぎで閉めなければなりません。町の大工は全員で守りの弱点の補強に取り掛かり、門の後ろに、荷車や石を積み上げなさい。必要なら、家から持ってきてください。戦える男達は全員、レギオン兵達の指示に従い、集められるだけの飛び道具で武装し、城壁の上に登ってください。町には、蛮族どもが近づいた時避難民達が連れてきた羊の群れがいますから、長い籠城に耐えることができます。フン族は、強い抵抗の意志に直面して驚いても、退却しようなどと思わないでしょうから。」
 「武器だ ! 武器だ !」一丸となった熱狂に捉われて、パリ人達は叫びました。ジュヌヴィエーヴが再び口を開くと静まりました。
 「我々女達は、この教会堂の陰で、神様に祈りましょう。一族郎党でやってくる我が敵どもに対して、味方になってくださるように。そして必要なら、城壁の方へ駆けつけ、味方の死者たちから落ちた武器を拾い集めましょう。」
 「武器を取れ! 武器を取れ!」バリ人達の叫び声はさらに高まりました。
 アエティウスは腕を広げ、静かにしてくれと頼みました。
 「市民諸君」確固たる声で彼は言いました。「余はここにいる神の代弁者の言葉に完全に従うこととする。このかたの考えはそのまま実行に移される。」
 すると、ものすごい歓呼の声が全ての人の胸から湧き上がりました。男達は妻や子を抱きしめ、ひとかたまりの群衆となって宮殿の門前に集まりました。その中には、働き盛りの市民だけではなく、白髭を生やした老人達もいました。その後ろに、父親の運命に従おうと決意した息子や少年たちが控えていました。
 宮殿の使用人達が兜や盾、槍や剣、とりわけ大事な弓矢や投げ槍を配給しました。狩りの名人と自負する者達は弓と矢、鉛玉とともにパチンコを受け取りました。というのも、総督の地下蔵は、ローマの武器だけではなく、何年も前に反乱を起こした部族から没収した武器も保管された壮大な武器庫だったのです。多くの武器は錆び付いていましたが、決然とした腕で扱われれば、武器もそれなりに凶器になり得るのです。
 市民達は武装するとすぐに、いくつかのレギオン部隊の指揮のもと百人ずつの歩兵隊となって城壁の方へと出発しました。それを見送る女達は投げキスを送り続けました。
 重厚な城門は閉じられ、大工達は内側から門を修理し、強化しました。いくつかの塔の上には、投げ槍の数倍の距離まで石の塊を飛ばすことのできる投石器まで備え付けました。
 男達が皆出発してそれぞれの部署に着くと、ジュヌヴィエーヴは、女達の群れを引き連れて小高い台地に向かいました。そこは、教会堂の後ろにあって、波を真っ二つに切りさく船の舳先のように、川を二股に分けていました。
 そこから、平野を一望できます。ヴァンセンヌの森までも・・・

***


 戦闘準備は一朝一夕というわけにはいきません。パリの人達は、少なくとも敵の接近ということに関しては騙されてはいませんでした。敵は、平原を前進しています。煙の立ち昇る森からすでに完全に抜け出ていたのです。
 そこかしこで部落の家が燃えていました。縦隊の両翼を疾駆する単独行動の騎馬隊が火をつけたのでした。
 その縦隊の前方に、アッティラとその参謀部がいるに違いない小集団がはっきりと見えました。後方を、野蛮人の群れが秩序も規律もなくやってきました。どれほどの人数でしょうか ? 一万、二万、ブレダが主張したように五万人でしょうか。わかりません。彼らの槍が、動く森のようでした。てっぺんがきらきらひかる枝のない樹木の森でした。馬の足元から舞い上がる分厚い埃のために、・・・気温は低かったのですが乾燥して・・・全体が霞んでいました。そして最後に、荷車の列がやってきました。
 こういった全ては、大潮の日のモン・サン=ミッシェルの海のように、瞬く間に町の方へと押し寄せてきたのです。何千人もの人達の口ががなりたてる野蛮な歌が聞こえてきました。
 これらの歌に、女達はジュヌヴィエーヴが最初の唱句を先導しつつ聖書の詩編の歌で答えました。
 蛮人の群れは東門に向けてさらに近づいてきました。
 ジュヌヴィエーヴは諸聖人の連禱を唱え始めました。というのも、目の前の虐殺と死の軍団に対しては天上にいる全ての軍団の助けを呼ぶのがふさわしいと思ったからでした。
 Sancte Johannes 聖ヨハネ様
 すると女達は唱和して答えました。
 Te rogamus audi nos ! お願いします。どうかお聞き届を !
 使徒聖人、殉教聖人、諸聖人の名前が次々と呼び起こされました。
 野蛮人の参謀部は今や城壁から百クデー(一クデー約50センチ)のところにいました。
 城壁の上では、揺るぎない気持ちの男達は、投げ槍を手にして、敵が射程内に入るのを待っていました。壁は武器で針山のようです。すると、大きな腕のような投石器が稼動しました。その巨大な腕で放り投げられた巨石がアッティラの前に落下しました。今では、蛮人なりの贅沢な衣服を着た姿から、アッティラとわかりました。
 首長が停止しました。群れもまた彼の背後で止まりました。隊長達が相談しているのがはっきりと見て取れます。それでは本当なんだ、この町が防衛戦に入ろうとしているのは。これはもう殺戮と略奪に身を晒す哀れな町なんかではない。壁の上のいたるところで、槍や兜が欄干越しに見えるではないか。蛮人達はどんな結論を出すのでしょうか ?
 Propitius esto. ジュヌヴィエーヴは絶叫していました。「天佑がありますように !」
 Un nobis parcas. 「我々をお救いください」女達は哀願しました。
 Te rogamus audi nos.
 町の抵抗の意思は絶対的なものでした。神ご自身も、町の守護者達の中にいたのです。というのも、フン族達に面と向かって、ローマの鷲印の傍でコンスタンチヌス帝の十字が翻っていたからです。
 De furore barbarorum Liberanos, Domine
 「蛮族達の怒りから、主よ、我々を解放してください。」ジュヌヴィエーヴと女達は切願していました。
 すると、前代未聞の信じがたい光景が目に入りました。その記憶は現代までも語り継がれています。隊長達の後ろにいた蛮人達の群れが踵を返し、町に向かって拳を突き上げ、人の声とも思えぬ叫び声をあげながら、森への道をとったのです。
 町中から歌が聞こえてきました。それはジュヌヴィエーヴが先導し、女達が唱和していたのです。歌は、積み藁を燃やす炎のように、大通りや小道を流れ、橋を飛び越えて、城壁の上で大合唱になりました。
 Magnificat anima mea Dominum
 「我が心、主を崇めん」
 パリは、ジュヌヴィエーヴのおかげで救われたのです !
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翻訳 | 08:18:56 | Trackback(0) | Comments(0)
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