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石田明生

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8月16日(水)グルノーブル(2)
 グルノーブルの旅は、ノスタルジーの旅だ。今から35年ほど前、新婚旅行で行った町だからだ。行った目的は昔も今も変わらない。この町は、思春期以来ずっと愛読してきたスタンダールことアンリ・ベールの生まれ育った町だ。当然作家がどんな環境の町で育ったか興味を抱くのだが、ことスタンダールに関しては以前もそうだったが今回もスカのような気持ちになってしまった。作家像と町の環境がしっくりいかないのだ。『アンリ・ブリュラールの生涯』という、手書きの地図入りの伝記まで書いているにもかかわらずだ。
 いや、この伝記があるゆえに、この町と作家が乖離してしまうのかもしれない。確かに彼は18世紀末の町の出来事と様子を細かく描いている。描いているが、現代のグルノーブルに彼を置くことにはひどく無理を感じてしまう。例えば、彼が盛んに書いている子供の頃の遊び場でもあった町の中心地グルネット広場に行ってみると、伝記に描かれた広場とあまりにも違いすぎる。彼が描いた図面のような地図のせいで、文章から浮かび上がる筈の風景のイメージが限定されてしまうのだ。細いくにゃくにゃの線で四角く囲み、事細かく事件を思い出して描写しているが、現在の広場に立つとその貧弱な線は跡形もなく消えてしまう。やはり『アンリ・ブリュラールの生涯』は、作家個人の宝物入れの小箱なのだ。

手書きの地図           グルネット広場
スタンダールは『アンリ・ブリュラールの生涯』の中で、手書きの地図を多用している。
この地図は、少年時代に仲間とともに、グルネット広場の中央に建てられた
「友愛の木」に対する陰謀を企てた時のもの。つまり、仲間の一人が発砲したのだ。
アルファベットは彼ら悪ガキ達が警備隊から逃げた道順を示している(Fに沿って)。
Gは祖父のアパートだった。
右は現在のグルネット広場




 スタンダールは、現在の中学・高校に当たる中央学校で優秀な成績を収め、パリの理工科学校に行くべく、グルノーブルを離れる。とりわけ数学ができたらしい(好きでもあった)。だが、そんなことは彼にとって単なる手段に過ぎない。グルノーブルをいかに離れるか、その手段に過ぎないのだ。もしかしたら、これが彼の伝記と町の乖離の原因かもしれないが、彼はグルノーブル、さらにいえば父親のいるグルノーブルが大嫌いだった。一刻も早く、町を離れ、パリに行く。それがアンリ少年の願いだった。パリに行く目的は、もちろん理工科学校に入学するためではない。そんなことではない。彼はパリに着くと、糸の切れた凧のごとく自由に芝居を見たり、書を漁ったり、韻文をひねり出したり、要するに文学青年三昧にふける。
 スタンダールも筆名だったが、彼は数多くの筆名を持った。よほど父親の姓を継ぐのを嫌がったのだろう。そして、一度もグルノーブルを舞台に小説を書かなかったし、戻りもしなかった(寄り道的に一度くらいあったか ?)。
 今回の旅でも、スタンダールのグルノーブルは印象に残らなかった。ただし、我が方の事情にも原因があったのは確かだ。二泊三日の滞在だったが、中の1日はシャンベリーに行ったため、グルノーブルをゆっくりみる暇がなかったということもある。例えば「スタンダール博物館」を見学しなかったのも、印象が薄れた原因だろう。
 だが、大切なことがある。傑作『赤と黒』の中で蝉が鳴くシーンが2回出てくるが、以前そのことについて「緯度から考えて無理がある」と結論した。『赤と黒』の蝉のシーンはグルノーブルよりも約2度北に当たるフランシュ・コンテ地方が舞台だからだ(北緯47度、ちなみに東京は35度、北緯47度は日本ではなくサハリン)。その時、想像したのは、グルノーブルでは蝉が鳴くに違いない、そのためにスタンダールは当然夏には蝉が鳴くものと思い込んだのだろう(グルノーブルは北緯45度、北海道北)。
 というわけで、8月中旬であったが、グルノーブルで必死に耳を澄まして散歩をしたが、ついに蝉の鳴き声は聞こえなかった。では、18世紀ごろには鳴いたのだろうか。あるいは7月中旬から下旬にかけてなら鳴くのだろうか。もしかすると年によっては鳴くことがあったのかもしれない。
 ファーブルは緯度約44度以南でしか生活していなかった。北国では蝉はもちろん、虫とあまり縁がないからだ。イソップの『蝉と蟻』がイギリスやオランダに行くと『アリとキリギリス』になったのも仕方ないのかもしれない。イソップは、古代ギリャの寓話作家で、北緯38度くらいの島に住んでいたから、当然蝉は身近な昆虫で、夏にはしきりに鳴いていた筈だ。
 話がとんでもない方に向かってしまった。
 グルノーブルの町は今までのフランスの町とは一味違う美しさと長い歴史があった。(3)で写真とともに紹介したい。
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2017年フランス旅行 | 15:35:45 | Trackback(0) | Comments(0)
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