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ゾラ作『愛の一ページ』(石井啓子訳)を読みつつ
 今、ゾラの大作『愛の一ページ』を読んでいる。これももちろん「ルーゴン・マッカール叢書」の一部をなす。舞台はパリのパッシー、まだ途中までしか読んでいないが、やはり場所柄お金持ちたちが多く登場しそうだ。幼い少女を抱えた未亡人のエレーヌが主人公だ。
 昨日は、戸塚にある大学に行くので、電車の中で心置きなく長編小説を読むことができた。土曜日の楽しみはこれだ。眠くなれば眠る。目を開ければ活字を追いかける。座れる長い電車は至福のときを与えてくれる。
 というわけで、嬉々としてゾラの大作を読んでいると、主人公のエレーヌが、高台にある西側の街パッシーから、パリの町を眺めるシーンに達した。彼女はつぶさに1850年代のパリを眺めている。と同時に僕も彼女の目を借りてパリを眺める。嬉しい瞬間だ。とその時、こんな箇所に出くわした。

それよりも遠く、墓石にも似た、マドレーヌ寺院の押し潰されたような屋根の後ろには、オペラ座(第二帝政のもっとも記念碑的建造物。一八六二〜七五年に建てられたため、本来この小説に登場するのはおかしいと指摘されている)の巨大な塊がそそり立っている。

 違和感を感じたのは、ゾラの文章ではない。そうではなくてカッコ内の訳注だ。いや、違和感どころではない。なんとも言えない、嫌な感じがした。多分「おかしいと指摘されている」という書き方のせいだ。訳者本人の見解を隠して、周りにいる研究者の見識・意見をぼんやりとほのめかしている。彼女自身そのオペラ座についてどれほど調べたのだろうか。
 結論を言うと、ゾラの文は「おかしい」どころではなく、このオペラ座は、訳者がいう現在のオペラ・ガルニエではなく、1823年から1873年まで使われた「ル・プルティエ・オペラ」だった。要するに彼女は間違っているのだ。


 一昨日、パリのガイドブック、1863年発行のアドルフ・ジョアンヌ著「Le Guide Parisien」に登場する劇場案内を見ていた時、当該のオペラ座の美しい細密画が写真がわりに掲載されているのをコピーに取ったばかりだった。まさにゾラが描くように「巨大な塊」のようなオペラ座だ。

旧オペラ座


 現在のオペラ座より、少し東側にあるので、ゾラの描写とも矛盾しない。と言うよりもぴったりだ。
 ゾラの文章に対して、無責任な注をつけていることがどうにも気に入らないので、結局出版社に手紙を出すことにした。文章は以下の通り。

拝啓


 突然のお手紙で失礼します。
 現在、貴社の出版しておられるエミール・ゾラの小説『愛の一ページ』を読んでいるものです。他の作品も含めて、貴重なゾラの訳本を拝読し、19世紀のフランス史および文化・文学の豊富な滋養として、味わわせていただいております。
 さてこの度、小説『愛の一ページ』のカッコ内の注に1つ疑問を抱きました。もうすでに、他の読者の方からご指摘があったかもしれませんが、念のために申し上げさせていただきます。というのも、ゾラ・ファンとしてはどうしても看過できないものだからです。
 問題の箇所は、101ページのオペラ座に関する注のことです。以下のように書かれています。

(第二帝政のもっとも記念碑的建造物。一八六二〜七五年に建てられたため、本来この小説に登場するのはおかしいと指摘されている)

 この注は、ヒロインのエレーヌがマドレーヌ寺院の先にある「オペラ座」を眺めた時、そのオペラ座を現在ある「オペラ・ガルニエ」と思って付けられたものと思われます。
 先に申し上げますが、この小説中のオペラ座、つまり「マドレーヌ寺院の先にある」オペラ座は、訳者の方の注にある現在のオペラ座ではありません。やはりマドレーヌ寺院の先(現在のオペラ座よりも少々東)の方に見えたはずの「Le Peletier Opéra」のオペラ座のことです。Le Peletier通りとChauchat通りに挟まれたこのオペラ座は、エレーヌの家から見てマドレーヌ寺院の延長線上にあったはずです。このオペラ座は、wikipédiaをご覧になればおわかりのように、1823年に落成し1873年に火事で焼失しました。当初はそれほどの規模ではなかったかもしれませんが、エレーヌが見ている1852年頃には、その威容は十分見てとることができたはずです。
 手元に、1863年版の「Le Guide Parisien」(Adolphe Joanne)(Hachette et Cie)があります。その253ページにはオペラ座の細密画があり、まさにゾラが書いているような「巨大な塊」を見せています(コピーを同封します)。エレーヌはこれを見ていたのです。ゾラはこんな単純なことを勘違いするわけがありません。
 訳者の方は、「本来この小説に登場するのはおかしいと指摘されている」と書かれています。この表現は、「おかしい」と思っている人は、訳者のみならず、かなり多数の人がいると主張していることになります。つまり、フランスや日本のゾラ研究者たち、少なくとも訳者の周囲の研究者の方々はゾラが「思い違いをしている」と考えていることになります。もしそうなら、それは重要な、見過ごせない問題です。ゾラに対するいわれのない難癖ということになるからです。注においてそれをすることは、誤訳とは全く異質です。
 というわけで、ゾラの名誉のためにも、一筆啓上となりました。
 私は、訳者の石井啓子氏はもちろん、責任編集の方々も個人的にはまったく存じ上げません。ですが、この声をその方々にお届けくだされば幸いです。願わくはなんらかの機会に、訂正してくださいますように。
 では失礼します。                          敬具

 さて、これに対してどんな返事が来るか。または無視されるか。出版社と訳者の「こころ」がどんなものか見極めたい。
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文学雑感 | 15:30:44 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
お久しぶりです。
気づけば早、11月も終わろうとしていますね。
小説も読めず、慌ただしい日々を過ごしております。

ゾラの作品を卒論としていた自分としては、とても興味深い記事でした。
お返事が気になるところですね。純粋に。
読んだような気もしますが、もはや内容は覚えておらず・・・
嗚呼、悲しい哉。久しぶりに、ゾラの作品が読みたくなりました。
2017-11-25 土 22:23:05 | URL | titanx2 [編集]
titanさんこんにちは。お久しぶりです。

小説『愛の一ページ』は、『居酒屋』と『ナナ』の間に書かれた作品で、その二作とは全く異なる作風でありながら、傑作です。『ルーゴン・マッカール叢書』中、唯一の恋愛小説らしいのですが、ゾラの手にかかると、恋愛もこうなるのかと唸らざるを得ません。訳注についてイチャモンを1つ付けましたが、訳もよくできていると感心します。
これで、『ルーゴン・マッカール叢書』をほとんど読破しましたが、この一冊は一押しのものとなりました。
ゾラに乾杯!
2017-11-28 火 06:35:48 | URL | Scipion [編集]
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