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小説『イエスの復活』
 ひょんなことから読むことになった小説『イエスの復活』(NHK出版)を今(火曜日の午前10時)読了した。原題は『L'Evangile selon Pilate (ピラトによる福音書)』という。小説はタイトル通り、全編の3分の1になるプロローグを除いて、すべてローマ総督ピラトの弟への手紙からなる、いわゆる書簡小説の体をなしている。弟ティトゥスからの返事はない、いわば一方通行の書簡だ。それを福音書としているのが作者のひねりというか、狙いというか、面白さだ。

 と、ここまで書いたが、今はこれを返却し、予約しておいた『アレクサンドロス』か『インカ』を借りに図書館に行こう。『L'Evangile selon Pilate (ピラトによる福音書)』については、作者名を忘れてはいけないので Eric-Emmanuel Schmitt とだけ書いておこう。

 たった今、分厚い本を3冊借りてきた。『アレクサンドロス』2冊と、『インカ』1冊。本当は、春休み中に読みたかったのだが、明日から仕事になってしまった。重たい本を持ち歩くことになる。やれやれ・・・

 まずは小説『イエスの復活』についてだが、イエス(「イェシュア」とヘブライ語表記をしている)の独白形式のプロローグは、逮捕・処刑を目前にして、幼い頃から回想する。


 回想されるイェシュアの少年時代も青年時代も、また成人しても極めて平凡な語り口に終始する。洗礼者(浸礼者と表記される)ヨハネ(ヨカナンと表記)と出会っても、イェシュアは己が神の子だとは自覚しない。ヨカナンに「あなたこそ待たれた人」とかなんとか言われても、疑心暗鬼。それでも、荒れ野にて色々瞑想するうちに、自分がだんだん違う人間に思われてくる。

 そんなプロローグが終わると、ピラトの弟への書簡が始まる。イェシュアが惨めな姿で連れてこられて、ユダヤの民衆たちが法の裁きを求めるが、総督は関わっては大変だというばかりに、逆に裁きを民衆の判断に任せる。手を洗うというわけだ。
 彼の書簡は、イェシュアが処刑されたという事実より、墓から彼の亡骸が消えたことで、文章に熱がこもる。民衆たちは、イェシュアは生き返ったのだと騒ぐが、とりわけローマ総督にとって恐ろしい表現は「復活した」と言われることだ。ギリシャ・ローマの教養を身につけているピラトは、そんなユダヤ的表現を認めない。こうして、彼はイェシュアの亡骸の消滅と噂になる「復活」の合理的説明を求める。例えば、処刑された男は死んだと思われたが、埋葬時にも息があったのではないか。あるいは、イェシュアの偽者が現れているのではないか(弟子のヨカナンは少し似ているではないか)。

 こうして、彼は処刑と死体の消滅について様々な考察をするが、その考察のなかにイェシュアという存在、イェシュアが折に触れて説いた言葉がじわじわと沁みてくるのだ。
 読み進むに連れて、原題がなぜ「ピラトによる福音書」なのか読者にわかってくる。福音書はパウロの書簡で有名だが、ここで作者はとんでもないパラドクスを用いようとしている。異教徒であり、最後まで異教徒であり続けるローマ総督が結果、イェシュアの福音を説いていることになる。それでもローマ総督は「イェシュアには弟子が11人いるが、彼らは皆ガリラヤかそこいらの漁師風情だ。だれも読み書きはできないし、ギリシャ・ラテンの言葉も知らない。奴の教えがどんなにすぐれていても世代を超えていくこともない」と言ってキリストの影響の限界を指摘する。すると、イェシュアの影響を受けて信徒になった彼の妻クラウディアは、「そうね、でもあなたが次の世代のキリスト信者になるわ」と言う(この小説ではまだパウロは登場しない)。
(注) さっきこの本を図書館に返却してしまったので、記憶に頼ってこの文を書いている。とくに会話は「こんな感じ」だったということ。
 偶然読んだ『イエスの復活』、思いもよらず面白かった。ちなみに、キリスト教徒たちが好んで使った魚という言葉は、イェシュア・メシア・神の子・救い主の頭文字がヘブライ語で「魚」となるからだそうだ。また、ピラトがユダヤではすぐに天使を持ち出すと言って憤慨する場面があるが、そのとき天使の名前はみんな「エル」がつくと吐き捨てる。その時名前を挙げているのは、ガブリエル、ミカエル、ラファエルだが、もちろんケルビムなどエルのつかない天使はたくさんいるが面白い指摘だ。調べたところ、この三人の天使はカトリックの大天使だそうだ。Wiki によると、正教会の七大天使は上記の3人にウリエル、セラフィエル、イェグディエル、バラキエルを加えるそうだ。たしかに、みな「エル」がつく。

 作者 Eric-Emmanuel Schmitt は1960年生まれ、ドイツ人のような名前だがフランス生まれのフランス人だ。小説家というよりも劇作家といったほうが良いかもしれない。日本語のWikiには「劇作家」としか肩書きがないくらいだ。彼の劇は日本でも上演されているから、むべなるかな。
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書評 | 12:32:36 | Trackback(0) | Comments(0)
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