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名曲「サン=ジャンの恋人」
 もう6年くらい前になるだろうか。NHKで「地球に乾杯」という番組があり、パリのメトロ・ミュージシャンの生活の一端が紹介された。50分ぐらいの良質な番組だった。
 登場する何組かのミュージシャンの最初を飾ったのは、ルセック夫妻という、リストラにあってやむなくメトロ・ミュージシャンとして食べて行かざるを得ない50歳代のミュージシャンだった。夫がアコーディオンで伴奏し、妻が歌を歌っていた。
 その時、メトロの通路で妻のジョアンナが通行人たちに語りかけるように歌っていた曲が「サン=ジャンの恋人」だった。曲名はまだ知らなかったが、この歌は圧倒的な迫力で、僕の記憶に焼き付けられた。

《次のURLをクリックすると聴くことができますが、映像はひどいミスマッチです》
http://www.youtube.com/watch?v=3O4BxW206OU


 それから1・2年経ったろうか。テレビで映画『小さな泥棒 La petite voleuse』(クロード・ミレール監督)を見ていた時、偶然この曲に遭遇し、タイトルを知った。
 シャルロット・ゲンスブール(ジェーン・バーキンとセルジュ・ゲンスブールの一粒種)演じる万引き少女ジャニーヌは、立ち直ろうと努力をするのだが、ある時、今の言葉で言えば「イケメン」の少年に出会い、また罪を重ねてしまう。結局は女だけ捕まり、保護施設入りするも、すぐに脱走する。
 行く当てもなく、しかも妊娠している彼女は故郷に帰り、裏で堕胎業を営む老婆のところに行き、堕胎を頼む(当時違法だった)。その時、警察の目を逃れるために入った映画館でたまたまニュース映画を見て、彼女は愕然とする。
 インドシナ戦争に出発する義勇兵の中に「イケメン」の彼の姿を見てしまったのだ。一縷の望みだった男にも捨てられ、どうしようもなくなった彼女はただただ街をさまよい歩く。その時流れるのが「サン=ジャンの恋人」だ。
 この歌には不思議な力がある。好きで好きで、身も心も捧げたのに色男に捨てられてしまう女の話なのだが、意外とジメジメしていない。それどころかさっぱりさえしている。まさに「C’est la vie! (それが人生さ、しょうがないよ)」なのだ。そのためだろうか、映画の中では、この曲が流れているうちに彼女の心に新たな決意が湧き起こり・・・

 映画話のついでに言うと、トリュフォーの名作『終電車 Le dernier metro』の冒頭でもこの曲は使われている。この映画はナチス占領下のパリ(1942年)が舞台で、ユダヤ人迫害と抵抗運動が主なテーマとなっている。それなのにどうしてこの曲が冒頭で歌われるのだろう。昔見た時、浅学の徒である僕は恥ずかしながら理解できなかった。
 映画の中で、ナチス占領下といえどもパリっ子たちの娯楽への関心はいっこうに衰えないことが強調される。このことによって、映画のストーリーは、演劇人の主人公達を中心にスムースに展開される(占領下でも観劇したい!)。当然流行歌だって暗い時代とはいえ、ヒット曲が出ても不思議ではない。
 リュシエンヌ・ドゥリール(1917-62)が「サン=ジャンの恋人」を大ヒットさせたのはまさにそのナチス占領下の1942年だった。だから、映画の冒頭でこの曲が2番まで歌われ、ついで地下室に隠れたユダヤ人の夫がラジオのスイッチを入れるとこの歌の3番が流れるのも、また途中で演歌師によって歌われ・・・カトリーヌ・ドヌーヴ演じる主役のマリオンが楽譜を買うのも、ストーリーの時代背景を明確にすると同時に、リアリティーをも与える役割をこの歌が担っているからに他ならない。
 以前紹介したオテル・ド・ヴィルの展示会の記事(「フランスで強制連行された一万一千四百人の子供たち」)の中で、パトリック・モディアノの小説『ドーラ・ブリュデール』について言及したことがあるが、この作品の中でも、1942年にユダヤ人狩りが猖獗を極めたことが書かれている。少女ドーラもこの年にドランシーのキャンプに送られた。
 そして同年、「サン=ジャンの恋人」が大ヒットし、映画『終電車』の場面にあるように、この曲を街角で演歌師が歌い、民衆が口ずさんだ。
 もしかするとこの歌・・・ナチスの検閲があるからだろうか、歌詞の内容は寓意も風刺も何もなくあくまで凡庸・・・は偶然にも歴史のイロニー(皮肉)を生み出したのかも知れない。


「サン=ジャンの恋人」
     作詞:レオン・アジェル
     作曲:エミール・キャララ
     歌:リユシエンヌ・ドゥリール


どうして通いつめたのかわからない
サン=ジャンのダンスホールに
たった一度の口づけで充分だった
私の心が虜になるには
なんで平気でいられようか
大胆な腕でぎゅっと抱かれて
だって、いつだって信じてしまうものだから
甘い愛の言葉を
それが両の目で訴えられたらなおさら
あんなにもあの人を愛していた私
あの人はサン=ジャンで一番の男前だった
私はうっとりしていた
のぼせたまま
あの人の口づけを受けて

よく考えもせず、あの人に与え続けた
私の一番大切なものを
口の達者な、あの人が嘘をつくたび
私にはわかっていた、でも愛していたわ
なんで平気でいられようか
大胆な腕でぎゅっと抱かれて
だって、いつだって信じてしまうものだから
甘い愛の言葉を
それが両の目で訴えられたらなおさら
あんなにもあの人を愛していた私
あの人はサン=ジャンで一番の男前だった
私はうっとりしていた
のぼせたまま
あの人の口づけを受けて

悲しいことに、サン=ジャンも他と同じ
誓いの言葉なんて、おびき寄せるえさだった
私は夢中だったわ、幸せを信じたい
あの人の心をつなぎ止めたいと
なんで平気でいられようか
大胆な腕でぎゅっと抱かれて
だって、いつだって信じてしまうものだから
甘い愛の言葉を
それが両の目で訴えられたらなおさら
あんなにもあの人を愛していた私
私の色男、サン=ジャンの恋人
あの人はもう私を愛していない
過ぎたことね
もうこの話はやめましょう

 この歌は、パトリック・ブリュエルを筆頭に色々な歌手によってカバーされている。
 ここでは、パトリックのを紹介しよう。彼は、もちろん女ではないので、「どうして彼女は通いつめたのか」というように、「私」を三人称に変えて歌っている。
《次のURLをクリックして下さい。パトリックとエンマ・ドマスとのデュエットが楽しめます》
http://www.youtube.com/watch?v=jkdyX0O6ul0&mode=related&search=
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ポップ・フランセ | 23:08:54 | Trackback(0) | Comments(3)
コメント
トリュフォーの『終電車』
古いエントリーにコメント失礼いたします。「サン・ジャンの恋人」大変な名曲ですよね。
拙ブログではこの曲が映画の冒頭に使われたトリュフォーの「終電車」をエントリーにのせました。
是非おいでください。
トラックバックも大歓迎ですので、よければ送ってください。
2008-07-05 土 01:54:34 | URL | Mizumizu [編集]
Mizumizuさん、こんにちは。遊びに来てくださり、ありがとうございます。
さっそく、貴ブログを拝見しました。『終電車』について、ジャン・マレーを引き合いに出して、場面ごとに詳しく書いていらっしゃるのに感心しました。
これからもよろしく・・・
2008-07-06 日 11:26:06 | URL | Scipion [編集]
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2008-07-06 日 23:47:14 | | [編集]
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