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石田明生

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2007年夏、パリ旅行記(1)・・・到着
9月14日(木)帰国

 機内の朝日新聞で読んだのだと思うが,日本文学の「虫」についての特集が掲載されていた。もちろん、日本文学における虫,虫の鳴き声の重要性についてだ。対して,西洋文学における「虫」の効果の脆弱性について言及されていたように思う。
 今日帰国した夕方、外に出ると,草むらや樹木からの虫の声がかまびすしく,少々耳障りなほどだった。その時,上記の新聞記事を思い出した。パリではこのような虫の声は皆無だったからだ。暑い盛りのセミの声から始まり,秋の虫(例えばコオロギ)の鳴き声はパリではまったく聞こえないのだ。だから、西洋文学をフランス文学に置き換えれば、虫の効果などまったく望むべくもない。存在しないのだから。イギリス、ドイツ、オランダなども推して知るべしと思われる。
 以前書いたことがあるが,フランス語で「セミ」「コオロギ」という単語はかろうじてある、が,南フランスは別として、パリッ子たちにとっては身近なものではないだろう。
 まずは、以上の帰国一番の印象から。
 さて、この度の旅行記は次の通り。


8月28日(火)
 長い一日だった。
 12時発のアエロ・フロート機で成田を飛び立つ。僕の隣に片言の日本語をしゃべる(日本語でケータイを使っていた)ベラルーシの若い女性、ベラルーシとは珍しい。聞くと、日本に来て一年半らしい。日本人と結婚して、愛知県の豊田に住んでいるが、ビザの関係で三ヶ月に一度帰らねばならないらしい。母が一人で待っていると話していた。
 どのようにして日本人と知り合ったのか、どんな仕事を夫も彼女もしているかたずねることはしなかった。白系ロシアの少し派手な美女だった。最初の食事の後、彼女からチューインガムをもらったが、これがとても美味しかったし、胃にも良かったような気がする。
 ところで、機内で少々恥をかいてしまった。いつものように食事前にアペリティフをスチュワーデス(今,こう言わないらしい。CA と言うらしい・・・心のある職業人の呼び名とは思えないな。例えば FBI とか KGB とかのように・・・アメリカ(英語)はそうでも日本では人をアルファベットの頭文字の省略で呼びたくないものだ)が配り出したので、これまたいつものように「ビール!」と注文した。すると驚くなかれ、彼女は「2ユーロ」とのたまうのだ。機内の飲み物を注文してお金を払ったことがないので、有料ということがなかなか理解できない。隣のベラルーシは僕に一生懸命説明している。「2ユーロだって!」アエロフロートしか乗ったことのない彼女にとっては有料は当たり前らしい。結局、お金を払ってまで飲みたくなかったので、注文を取りやめてトマトジュースを飲んだ。この度の飛行機旅行は思いがけずアルコール抜きの健康的なもの(?)になった。
 モスクワでの乗り換えは、どうなることかと不安だったが、やはり冷や汗ものとなった。まず第一に乗り換え時間が少ないのと、なによりもゲートがわかりにくい。僕は15番ゲートだったのに、反対方向に行ったために、だいぶ時間を使ってしまった。おまけに、搭乗検査が物々しすぎて時間がかかるのだ。サンダル履き以外全員が靴を脱がされての検査だった(こんなことがわかっていたら、わざわざ機内用に履いていたサンダルを靴に履き替えなければ良かった・・・帰りはそうした)。
 そんなこんなしてやっと30分遅れくらいで離陸すれば、パリまでの飛行時間は約4時間、旅行時間としてはそんなに長くない。一度の食事が、それがどんな食べ物でも,時の流れを促進する。そして、パリ上空に達する。
 すると初めて見たが、機上からの地平線を染める夕焼けが美しかった。西の空は雲に覆われていたが地上とのすれすれ、地平線が真っ赤な帯になっている。写真を撮りたかったが、残念ながらカメラは上の棚に入れてある。それを取り出すためには母親と寝ている子供を動かさなくてはならない。Tant pis! 仕方がない。
 このあきらめは次の景色の転換で一生の不覚(少々オーバーだが)になってしまった。というのは、この飛行機、地上からどんな指示を受けたのかわからないが、シャルル・ド・ゴール飛行場を一旦飛び越して、なんと西から着陸態勢に入ったのだ。言い忘れていたが、僕の席は機の右窓際の席だったので、端からパリの夜景をあきらめていたのだ。ところが思いもかけずその夜景が目の前に広がった。何度も何度もパリにやって来て、初めてのパリの夜景。思わず息を呑む。美しい町の夜景をよく100万ドルの夜景と称するが、僕の目の前に広がっている夜景はまさに、100万ユーロの夜景だった。「翼よあれがパリの灯だ」と言ったリンドバーグから約100年、やり遂げた偉業は別としてリンドバーグの目にしたのよりもはるかに美しい景色が万華鏡のように広がったのだ。もちろん光のエッフェル塔、シャンゼリゼ通りの光の一直線、文字通り光の都パリが眼下に広がっていた。
 さっき無理をしてもカメラを取り出せば良かったと後悔しては、光に感嘆する。おそらく千載一遇のシャッター・チャンスを逃したのだろう。
 9時半に着陸はほぼ予定通り、後はスムースに進めば、ホテルまで問題はないだろう。ところがロワシーバスが30分以上も来なかったので、パリのオペラ座横に到着したのが、11時半になってしまった。12時までのチェッインに後30分、結局ホテル到着は12時5分前だった。空腹を感じたが、外出して一杯というには遅すぎるので無理矢理眠ることにした。
 ホテルのある場所はサン・ドニの凱旋門近くなので、比較的賑やかなところだ。我が家からネットで予約したために、驚くべきことだが、ホテル名を知らないままだった。通り名をとって「テイロール・ホテル」という。シャワー・トイレ付きで45ユーロだった。
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パリ旅行記(2007年) | 00:08:55 | Trackback(0) | Comments(0)
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