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石田明生

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2007年夏のパリ日記(5)・・・ハートの男・コリュッシュの墓を詣でる。
9月1日(土)

 今日目指すのは、ブラッサンス公園(注)、せっかくだから,ブラッサンスの家に寄って行く。半年前に来た時、彼の家を42番地と思い込んで写真を撮ったので、今度はしっかり44番地をカメラに収める。もっとも、どちらも外観はそう変わらないが。
注:15区にある公園。その一部で、古本市が土・日曜だけ開かれる。公園名のブラッサンスは戦後最大のシンガー・ソングライターで詩人のジョルジュ・ブラッサンスに由来する。生前彼はパリにやって来るとこの近くのアパートを定宿としていた。詳しくは僕のブログ記事『二十世紀に出現した、不世出の吟遊詩人・・・ジョルジュ・ブラッサンス』『吟遊詩人を思う・・・ジョルジュ・ブラッサンス公園』をご覧下さい。

ブラッサンス.JPG
二十世紀最大の吟遊詩人の家にしては質素だが,もとよりこれが彼の生き方。


 張り切ってやって来たブラッサンス公園だったが,古本の陳列してあるスペースが今までよりも小さい気がする。いや,実際小さい。ここもさびれて行くのだろうか。

公園.JPG
ブラサッンス公園入り口,この奥が古本市場になっている。



 結局、3冊ばかり買って、ヴァンヴの蚤の市に向かった。途中で,2ユーロのサンドウィツチと1.15ユーロの飲み物で昼食をとった。このパン屋は一応簡単なスタンドがあるので、歩き食いはしなくて済んだ。が、売り子の無愛想なお姉さんと二人だけになってなんとなくきまずかった。

蚤の市.JPG
ヴァンヴの蚤の市

 蚤の市も昼過ぎたからだろうか,活気がなく、片付けている最中だった。
 ここは早々に引き上げて、Montrouge の墓地に向かった。さいわい、ここから目指す墓地にはしゃれたトラム(路面電車)が走っている。

トラム.JPG
トラム列車、メトロの切符で乗れる。

 長い塀に沿って歩いて,やっと入り口を見つける。ところが、墓地に入ってすぐ無力感を感じざるを得なかった。墓地は想像をはるかに超えた大きさだったのだ。広大な墓地の中から、どうやってコリュッシュの墓を見つけるか。通路を歩いてひとつひとつ見て探すなんて論外だった。

墓.JPG
モンルージュの墓地

 さいわい、二人連れがこちらに歩いて来る。尋ねると、一人は喜んで,コリュッシュの墓まで案内してくれた。

コリュッシュの墓1.JPG
屋根の付いたコリュッシュの墓

コリュッシュの墓.JPG
ボランティア活動の「ハートのレストラン」を立ち上げた1年後の1886年に、
バイクに乗った彼はトラックと激突し死亡する。
フランスは悲しみに包まれたが,彼の遺志を継いだ仲間たちが,
「ハートのレストラン」活動を現在も続けている。


 ついにやって来た。ハートの男の墓に。しかしレストランを暗示するものはなにもなかった。コリュッシュは雨が嫌いだったのだろうか。墓を屋根が覆っていた。そのために石の上に置かれた造花の飾りにほこりが付いている。雨が洗い流してくれないのだ。真っ黒な石に彼の写真がプリントされている。どんな技術を駆使したのかわからない。

 14時頃だったので,クレマンソー博物館(16区)に行ったが,残念ながら、ヴァカンス明けの開館は9月の4日(火)だそうだ。しかたないので,近くのシャイヨー宮殿にある「人類博物館」を見学した。前から気にはなっていたが,有料なので足が遠のいていたのだ。7ユーロなりだった。入ると、きっと僕一人だろうと思っていたので見学者がけっこういて驚いた。

人類博物館.JPG
人類博物館

人間.JPG

 ここでは,人間、人類についてさまざまな角度から素人向けに考察していた。DNA(フランス語ではANDと言う)について、子供の誕生から人の死、人類の誕生から今に至るまで,展示されている。また,子供のミイラにはなぜか胸を打たれた。

ミイラ.JPG
展示されているミイラ


 この博物館で、思いがけない拾い物は,窓から見えるエッフェル塔だった。まるで額縁に収まっているかのように、鉄の貴婦人はすっくと立っていた。

エッフェル塔.JPG
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パリ旅行記(2007年) | 22:36:54 | Trackback(0) | Comments(0)
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