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石田明生

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2007年夏のパリ日記(13)・・・ふたつの世界遺産(シャルトル、ヴェルサイユ)
9月9日(日)快晴

 今日は日曜日、休みで閑散となるパリ市内でぐずぐずしているよりも、思い切って郊外に出かけよう。そしてどうせ出かけるならば、世界遺産を見学しよう。
 というわけで、シャルトル大聖堂とヴェルサイユ宮殿を一日でまわることにした。
 モンパルナス駅発9時半の電車に乗って、まずシャルトルに行く。

コンポステ.JPG
シャルトル行きの切符をこの自動読み取り機でコンポステ(読み取らせる)しなければならない。
フランスの国鉄は改札口がないからだ。



 再び性善説と性悪説の話題になるが、この郊外列車というものもまさに性善説にのっとっているものだと、つくづく思う。というのは、去年から何度も何度も郊外列車に乗っているけれども、車掌が検札に現れたことがない。これでは地元の慣れた人なら「ズル」をしようと思えば、し放題ではないだろうか。乗客が信頼されているとはいえ、やはり日本人からすれば不思議な気がする。
 今日も車掌は検札に一度も来なかった。
 シャルトルは《フランスの穀倉》と呼ばれるボース平野の中心地、特別快速のような列車でパリから1時間弱で到着する。

車内.JPG
フランスの列車は自転車を載せることができる。


 シャルトル駅から大聖堂に向かって歩くと、ふぞろいだが、というよりもふぞろいだからこそ美しい塔が目に入る。何度見ても飽きることのないロマネスクとゴチックの共存だ。

聖堂.JPG


 シャルトルのノートル=ダム大聖堂には、聖母マリアの衣という聖遺物中でもとりわけ貴重な聖遺物がある。876年にシャルル禿頭王が献上したものだ。
 そのためだろうか、かつてこのシャルトルで聖母マリアは何度か奇跡をなしたことがある。その一つを紹介しよう。

 1360年、イングランドのエドワード3世はフランス王国の側についたこの町を包囲する。すると、シャルトル南東7キロのブレティニーで陣を張っていた王のところに恐ろしい雹が降り注いだ。《それは大粒の石だった》と歴史家フロワサールは書いている。《降り注ぐ石つぶてで兵士や馬は次々と死んでいき、どんな強者も茫然自失となった》
 恐怖に襲われたエドワード王は大聖堂の鐘楼に向けて手を挙げる。「聖母様がこの災厄を止めて下さるなら、フランス王に急遽停戦を呼びかけます」
 するとたちまち空は晴れ渡った。イギリス王は約束を守り、ブレティニーの平和条約に調印する。次いで彼はシャルトルに赴き、聖母に感謝の意を表する。
 この奇跡の記念として、雹の降った一帯の土地の者たちはのちのちまで十分の一税を免除された。(ミシュランのギド・ヴェールより)

 どうもフランス側に都合の良い奇跡だ。イギリスに神様は味方しないのだろうか。この奇跡から約70年後、神様は聖ミカエルや聖女カテリナたちを使わし、ジャンヌ・ダルクに、ひいてはフランス側に再び味方したことは有名だ。

内陣.JPG

大聖堂内陣、薔薇窓

柱の聖母.JPG
柱上の聖母、この木造の黒い聖母に祈る信者は多い。

ミサ.JPG
日曜のミサ


 堂内に入ると、折しも日曜のミサの真っ最中だった。ステンドグラスの光に包まれた広大な空間に聖歌が響き、祈りの声がこだまする。カトリックの信者ならずとも、自然と敬虔な気持ちになる。

 シャルトルの魅力は大聖堂にあるのはもちろんだが、静かで古い町のたたずまいも捨てがたい。また、町のあちこちから見える聖堂の両の塔も美しい。
 大聖堂を見たら、裏側にまわるとボースの平野が遥か遠くまで見渡せる。下には、ユール川沿いに家々が並ぶ。

ユール川.JPG
ユール川

町並み.JPG
旧市街の美しい町並み


 街を歩いていても、日曜のためだろう、ほとんど人通りがない。静かなのはいいのだが、昼が過ぎて胃の腑の方が黙っていない。案内の僕は、さっき通り過ぎた川沿いのレストランにすればよかったかな、という軽い後悔に苛まされながら、ねらいの「マルソー広場」と「白鳥通り」へと向かう。去年来た時にはこの両地点には所狭しとテーブルが並んでいたからだ。
 ところが今日は・・・本当にフランスの日曜日はこまったものだ。皆無なのだ。テーブルなんて皆無。人っ子一人いない。また。ユール川まで戻ろうか。
 情けない気持ちで白鳥通りから右に曲がると、外のテーブルで食事をしている人たちがいる。やっと開いているレストランを見つけた。しかも、僕が以前、フランス人の友人に連れられて来たレストランだった。名前は「アンリ4世」。
 アペリティフはキール、一品料理(コースは日曜のためなし)、コーヒー、胃も満足だろう。

 昼食後は、いざヴェルサイユへ。
 シャルトル発14:31発の列車に乗って約45分、ヴェルサイユ・シャンチエ駅に着く。ヴェルサイユ宮殿はそこから15分はかかる。
 宮殿に向かって歩いていると、宮殿帰りの人たちと異様に出会う。奇妙だ。というのは、ヴェルサイユ宮殿からパリに帰るには、宮殿のすぐ近くのヴェルサイユ・リヴ・ゴーシュ駅を使う筈だ。それなのに、シャンチエ駅に向かうということは・・・
 そんなことを考えて不安になっているのは僕だけで、他の四人は前方に見える宮殿に気を取られている。ついに、今日二つ目の世界遺産に到着したのだ。

鏡の間.JPG
今回の宮殿見学の目玉は鏡の間の修復完了だ。

庭園.JPG
庭園の美女


 疲れきった身体では、庭園を下って大運河の方に行く気力が出てこない。景色を見るだけで我慢するしかない。トリアノンの宮殿まで見学するには朝から来なければならないだろう。仕方ない、帰ろう。
 やはり危惧していたことが現実となった。ヴェルサイユからRERは出ていないのだ。日曜だからだろうか。それともストライキか。以前同じことを経験したが、あのときも日曜だったろうか。後で調べてみよう。
 結局、遠いヴェルサイユ・シャンチエ駅まで歩くことになった。お疲れさま、皆様。宿に帰ったら、冷たいビールで乾杯しましょ。
 事実そうなった。
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パリ旅行記(2007年) | 22:34:39 | Trackback(0) | Comments(0)
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