■プロフィール

石田明生

Author:石田明生
ホームページの方もよろしくお願いします。
文学雑感、旅行記、翻訳などを載せています。

■4travel

スキピオの旅行記(写真付き)もごらんください。

■最近の記事
■カテゴリー
■最近のコメント
■月別アーカイブ

■最近のトラックバック
■リンク
■アクセス解析

■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
春の読書
 春休みには、なるべく大部の書を読むことにしている。学期が始まると電車内で読むことが多い。その場合は可能な限り文庫本のような携帯しやすい小部の本が良い。
 そう言うわけで、3月の頭に、『アレクサンドロス』I. II. III. というイタリア人作家の三巻本の一巻を図書館で読み始めた。予想通り、血湧き肉躍るような面白い本だった。瞬く間に読み終えて、第二巻本をいざ借りようと図書館に赴いたら、なんと、なんと、二巻目がないではないか。1巻目を借りた時には確かに書棚にあったのに・・・1冊ずつ借りて読もうと思ったのがいけなかった。が、二巻目から読み出す人がいるなんて誰が想像できるだろうか。図書館員に問い合わせると、3月20日に返還予定となっているとのこと。手ぶらで帰るのも業腹なので、待っている間に読むため、分厚い『太陽王の使者』というフランス人作家の本を借りた。二段刷りの長い歴史小説で、しかもルイ大王時代だ。面白くないわけがない。

続きを読む >>
書評 | 10:42:34 | Trackback(0) | Comments(0)
春が来た・・・公園のトイレの張り紙に仰天・・・
 やっと春が来た。今年の冬はひどい寒さだったので、春がひとしお待ち遠しかった。
 好天に恵まれた昨日、おむすびとお稲荷、マカロニサラダと生ハム、赤ぶどう酒とカマンベールを持参して、昭和記念公園に赴いた。入口から続く銀杏並木の遊歩道はまだまだ冬の装いだったが、少し先の丘では、様々な名前を持ったチューリップ(早咲きの「アイスチューリップ」だ)や、真っ白な花をまとった木蓮が満開だった。

アイスチューリップ 真っ白な木蓮


続きを読む >>
日常スケッチ | 15:24:24 | Trackback(0) | Comments(0)
『子供の誕生』
 昨日はある会で、『17・18世紀概観・・・子供の誕生と童話』という題で話をしたが、思ったよりも時間が足りなかったので、尻切れとんぼ気味になってしまった。またそれに加えて、聞いている人たちがラ・フォンテーヌやペローを名前も含めてほとんど知らないような反応だったのでいまいち盛り上がりに欠けたような感じだった。時間があれば、ゆっくり説明できたのに、残念だった。
 フィリップ・アリエスの名著『子供の誕生』を軸に、17世紀末に現れる妖精物語の氾濫、とりわけペローの童話は、児童文学の発生に大きく関係したことを丁寧に話すつもりだった。要するに、子どもとして認知されず「小さな大人」としてしか扱われなかった子どもが、17世紀に発見され(誕生し)、18世紀になると子供の教育と教訓的童話が流行する。それは、ボーモン夫人の童話を読めば明らかだ。
 ペローの『眠りの美女』では、姫が生まれた時に仙女たちが色々なものを贈呈するが、ある仙女は「天使の心」を与える。ちなみにグリムの『野ばら姫(=いばら姫)』では、「美徳」となっている。グリムは19世紀の作家だが、物語は古い形のままだ。対して、ボーモン夫人のでは、違う作品とは言え、仙女は「この世のあらゆる不幸」を贈る。つまり、甘やかしはいけないというわけだ。
 また、18世紀は、教育家のジャン=バチスト・ド・ラサール(あの鹿児島ラサールのラサール)や『エミール』を書いたルソーが登場して、子供の教育論も盛んになる。

続きを読む >>
文学雑感 | 18:13:14 | Trackback(0) | Comments(0)
カーリング
 今、冬季オリンピックたけなわだ。特に昨日(2/14)は、銀メダル銅メダル二つずつとり、日本も鼻息が荒くなってきた。そんな中、たまたま男子カーリングをテレビで何分間か見た。カーリング好きな人には申し訳ないが、カーリングは、やはりオリンピック種目としてはつまらないと思った。はっきり言って、スピード感や高揚感、力強さや身体的(アスレチックな)美しさが少しも感じられない。
 この競技はオリンピック標語「より速く、より高く、より強く」のどれにも当てはまらない。第一にこれは競技と言えるのだろうか。ゲームといったほうがよいのではないか。事実、カーリングは「氷上のチェス」と呼ばれることがあるらしい。以前、夏季オリンピックにペタンクやボーリングを入れよう、という提案があったが、入らなかった。実際入らなくてよかった。どちらのスポーツもカーリング同様、前記の標語に当てはまらないからだ。
 夏季では野球を種目に入れようかどうかがいつも問題になる。スピーディーな部分も力強さもあるのにだ。私見では、この競技は攻めてる側と守っている側がはっきりわかれているので、攻めている側のベンチ風景があまりにだらしなさすぎることに問題があるのではないかと思う。これは他の競技には見られない。ただし、野球の問題点はむしろ球場の確保とかプロ野球(とりわけ大リーグ)との関係とか他の要素があるにはあるのだが・・・

 昨日は、スノーボード、ノルディック、スピードスケート、アイスホッケーなどなど迫力満点の競技を見たから、こんな感想になってしまったのかもしれない。

雑感 | 08:16:34 | Trackback(0) | Comments(0)
鴎外『うたかたの記』を読む
 先日、学校に行くのに、車内で読む文庫本がなかったので、「鴎外選集」の第1巻を手に取った。これは、新書版と同様の大きさなので持ち運びには便利だ。実は、かつて老後用にと思い、漱石、鴎外、龍之介の全集(鴎外は選集)を揃えておいたのだ。当時彼ら三巨匠の作品は齢を重ねた後で読むと、またそれぞれの味があるに違いないと思ったからだ。そのための作家としては、ドストエフスキーとトルストイ、またカフカの全集も揃えてある。これら高価な本は全て大学院時代に受け取った奨学金で買ったものだ。今思うと、前者の日本作家の全集についてはそうでもないが、後者のロシア作家については、若干後悔の気味がある。今では、新たな翻訳が出てきたからだ(特にドストエフスキーについては)。
 というわけで、龍之介と漱石の全集は大判なので車内持ち込みには適していない。そこで鴎外にした。有名な『うたかたの記』を通勤中に読み出したが、やはり鴎外に対する読書姿勢というか味わい方というか、要するに読みの視線が若い頃と全く違うことに驚いた。まずはとっつきにくかった文語体の文章がかくも美しかったのかと感動した。また、そこに出てくるなじみのない単語の意味(もちろん、あとで辞書を引いた)も興味深かった。例えば、これは『うたかたの記』ではなく、また文語体でもないが同収録の短編『大発見』に出てくる単語「椋鳥」の場合がそうだ。「ムクドリ」は、我が家の周りにもやたら繁殖して、その鳴き声はうるさいほどなのだが、鴎外の作品ではこのような表現となる。

<僕が洋行した時のことである。僕は椋鳥として輸出せられて、伯林の真中に放された。>(p.146)

続きを読む >>
雑感 | 11:15:14 | Trackback(0) | Comments(0)
前のページ 次のページ

FC2Ad